短編映画『ラストコール』を制作しています。
舞台は、熊本県天草市。海があり、島があり、学校があり、ライブハウスがあり、どこか懐かしい空気が流れる場所です。
『ラストコール』は、青春、音楽、恋愛をテーマにした作品です。バンド、幼なじみ、夢、すれ違い、言えなかった言葉。大人になる少し前の時間を、天草の風景と一緒に描いています。
この作品はCreative YOLOの企画として始まったものではなく、坂本蓮個人の映画制作として進めているものです。ただ、熊本で表現の場をつくっていく上で、映画制作の過程には多くの学びや出会いがありました。
地域で映画を撮ること。人に協力してもらいながら作品をつくること。完成した作品を誰かに届けること。そうした過程は、Creative YOLOが大切にしている「表現の場をつくる」という活動にもつながっています。
今回は制作記として、天草で短編映画を撮るということについて書いてみたいと思います。
天草を、ただの背景にしない
『ラストコール』を天草で撮る理由は、きれいな景色があるからだけではありません。
青い海、広い空、島へ向かう船、学校の廊下、海沿いの道。そうした風景には、そこに暮らす人にとっての日常があります。でも、カメラを向けると、その日常の中にある光や空気が、映画の一部になっていきます。
天草には、開放感と少し閉じた感じが同時にあるように思います。海があって、空が広くて、遠くまで見える。一方で、青春の中にある言えなさや、近すぎる距離感、そこから出ていくことへの迷いも似合う場所です。
『ラストコール』では、天草を単なるロケ地ではなく、物語の時間や感情を受け止める場所として撮りたいと思いました。
熊本で青春映画をつくる
青春映画というと、どこか遠い場所の話のように見えることがあります。都会の駅、きれいな校舎、整ったロケーション。もちろん、そういう映画も魅力的です。
でも、自分たちが暮らしている場所にも、映画になる瞬間はあるはずです。夕方の海。部活帰りの道。ライブハウスの音。友だちと過ごす何気ない時間。言いたいことを言えないまま過ぎていく季節。
熊本にも、天草にも、青春映画になる景色はたくさんあります。『ラストコール』でやりたかったのは、そうした場所にきちんとカメラを向けることでした。
熊本で映画を撮るということは、単に地元で撮影するということだけではありません。この場所にある景色や空気を、作品として残すことでもあります。
今ここにいる人たちと、今ここにある場所で、今しか撮れない映画をつくる。それが、この作品の大きな意味のひとつです。
音楽と、言えなかった言葉
『ラストコール』の中心には音楽があります。
劇中に登場するバンド「ヘヴンリーグラス」。夢を見ていた時間、仲間と過ごした時間、誰かに届くかもしれない歌。音楽は、言葉にできない感情を代わりに運んでくれるものだと思います。
好きだと言えなかったこと。本当は寂しかったこと。応援したいのに、素直になれなかったこと。自分だけが置いていかれるような気がしたこと。青春の中には、うまく言葉にできない感情がたくさんあります。
『ラストコール』では、そうした感情を、会話だけではなく、音楽や風景、表情、沈黙の中で描いていきたいと思っています。
大きな事件が起こるわけではないかもしれません。でも、本人たちにとっては忘れられない時間がある。誰かにとっては小さな出来事でも、その人の人生の中ではずっと残り続けることがあります。この映画は、そういう時間を描く作品です。
撮影は、予定通りにはいかない
映画制作は、想像していた以上に予定通りには進みません。
天候、風、移動、船、スケジュール、人数、場所の都合。特に天草での撮影は、距離や交通の問題もあり、簡単ではありませんでした。
海を撮りたいと思っても、天気や風で予定が変わる。島へ渡る予定でも、船が出なければ撮影できない。朝から夜まで移動しながら撮る日は、体力も集中力も必要になる。
映画を撮るというのは、ただカメラを回すことではなく、その日その場所で起こることを受け止めながら、どうにか作品にしていくことなのだと感じました。
予定通りに撮れなかった悔しさもあります。でも、予定外の光や表情が撮れることもあります。その場所でしか起きないことを、どう作品の中に残すか。それも、ロケーションで映画を撮る面白さなのかもしれません。
地域の協力があって、映画は形になる
『ラストコール』は、たくさんの方の協力によって撮影が進んでいます。
学校、海、ライブハウス、地域の場所。撮影を受け入れてくださる方がいて、調整してくださる方がいて、見守ってくださる方がいて、初めて映画は形になります。
映画制作というと、監督やキャスト、スタッフだけで作っているように見えるかもしれません。でも実際には、その場所を貸してくださる方、エキストラとして参加してくださる方、現場を支えてくださる方など、本当に多くの人が関わっています。
地域で映画を撮るということは、その地域の時間や場所を少し借りるということでもあります。だからこそ、ただ撮って終わりではなく、作品としてちゃんと届けたい。協力してくれた人たちに、「関わってよかった」と思ってもらえる形にしたい。
制作を進める中で、その思いはどんどん強くなっています。
個人制作として始めた映画が、表現の場にもなっていく
『ラストコール』は、個人制作として始めた映画です。ただ、映画を作っていく中で、ひとつの作品には本当にたくさんの人が関わるのだと実感しました。
出演する人。撮影する人。音を録る人。音楽で関わる人。ロケ地を貸してくださる人。エキストラとして参加してくださる人。上映を待ってくれている人。
映画には、いろんな表現や役割が集まります。だからこそ、個人制作であっても、制作が進むにつれて、少しずつ「場」のようなものが生まれていきます。
出演したい人が現場に立つ。撮影を学びたい人が経験する。地域の場所が作品になる。音楽が物語とつながる。完成した作品を上映する機会が生まれる。それを見た誰かが、次は自分も作ってみたいと思う。
そうした流れは、Creative YOLOが目指している表現の場づくりとも重なっています。
『ラストコール』はCreative YOLOの公式企画ではありません。けれど、この映画を通して得た経験やつながりは、これから熊本で表現の場をつくっていく上でも、大切なものになっていくと思っています。
完成したら終わりではなく、届けるところまで
映画は、完成しただけでは終わりません。観てもらって、初めて届きます。
『ラストコール』も、上映に向けて準備を進めています。関わってくれた人たち、応援してくれた人たち、天草の方々、熊本で映画や音楽に興味を持ってくれる人たちに、ちゃんと届けたいと思っています。
撮影した場所で観てもらうこと。熊本で観てもらうこと。支援してくださった方に報告すること。出演者やスタッフが、自分たちの関わった作品をスクリーンで観ること。
そこまで含めて、この映画の制作です。作ることと届けること。その両方を大切にしながら、『ラストコール』を完成させたいと思っています。
天草で撮った時間を、作品として残す
映画を撮っていると、何気ない一瞬がずっと残ることがあります。
海辺での表情。風の音。楽器を持つ手。誰かを見つめる目線。言葉にする前の沈黙。撮影が終わったあとの空。
その瞬間は、撮影の日には慌ただしく過ぎていきます。でも、映画の中では残り続けます。
『ラストコール』は、天草で過ごした時間を、ひとつの物語として残す作品です。
青春は、過ぎてから気づくものかもしれません。そのときは必死で、うまく言葉にできていなくて、何が大切だったのか分からないまま進んでいく。でも、あとから振り返ったときに、「あの時間があった」と思えることがあります。
この映画が、そんな記憶に少しでも触れるものになればと思っています。
最後に
『ラストコール』は、天草を舞台にした短編映画です。そして、坂本蓮個人として制作している作品です。
ただ、この作品を通して、熊本で映画をつくること、天草の景色を作品に残すこと、キャストやスタッフと現場を重ねること、地域の方々に協力してもらうことの意味を、あらためて感じています。
映画は、ひとりでは作れません。だからこそ、映画を作ることは、人と場所をつなぐことでもあります。
『ラストコール』を通して、天草の空気や、そこにいた人たちの時間が、少しでも届けば嬉しいです。完成まで、そして上映まで。引き続き、この制作の過程も記録していきます。
『ラストコール』の制作状況や上映情報は、作品公式SNSを中心に発信していきます。
熊本・天草で撮影した青春音楽映画として、完成までの過程も含めて見守っていただけたら嬉しいです。